大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)2283号 判決

被控訴人が、控訴人主張の不動産仮処分申請事件において、控訴人主張の不動産につき、その主張どおりの内容の仮処分命令をえて、その執行を東京地方裁判所執行吏に委任し、同執行吏が控訴人主張の日にその執行をしたこと、被控訴人が右仮処分によつて保全しようとする権利が、控訴人のいう土地所有権にもとづいて、本件建物収去によるその敷地の明渡しを求めるものであつたこと、被控訴人が本件建物について控訴人のした補修改造工事を右仮処分命令に違反する現状変更行為であるとして東京地方裁判所執行吏に右の工事中止と控訴人の建物使用禁止との執行を申し立て、同執行吏が、この申立にもとづいて、控訴人主張の日に本件建物の現場に臨み、控訴人に対し工事の中止を命じ、かつ、控訴人の建物使用を禁止するなどの執行(いわゆる点検執行)をしたことおよび控訴人が右執行吏の点検執行につき東京地方裁判所に執行方法に関する異議の申立をし、控訴人主張の日、控訴人の申立を認容する旨の同裁判所の決定を得、被控訴人が右決定に対して抗告した結果、控訴人主張の日、東京高等裁判所が抗告棄却の決定をし、同決定が確定したことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、本件の主たる争点である被控訴人が東京地方裁判所執行吏に委任してした右点検執行が不法行為になるかどうかについて検討する。

本件仮処分命令は、債務者である控訴人に対し本件建物の現状を変更することを禁止し、かつ、その現状を変更しないことを条件として控訴人にその使用を許したものである。ところで控訴人は、控訴人のやつた補修改造工事は右仮処分命令にいう現状変更にはあたらないという。

控訴人のやつた補修改造工事が相当大がかりなものであることは、控訴人の主張自体から明らかであり、真正にできたことに争いのない乙第二号証によると、右建物における「若松」という店舖については階段ならびに店舖内を全面的に改造するものであつたことが認められる。この補償改造工事が見た目には現状変更とうつるものであることは、いうまでもない。それが仮処分命令にいう「現状変更」にあたるかどうかについては問題があろう。これは、この種仮処分命令にいう「現状変更」が何を意味するかによつてきまることである。この点について、この種仮処分命令にいう「現状変更」とは、建物の同一性を変えるような変更をいうとか、いや建物収去による土地明渡しの請求権の強制的実現を現状よりも困難にするような変更をいうとか、さまざまな意見が乱立し、裁判例も帰一せず、実務上の取扱いも必ずしも「建物の同一性を変えるような変更」をいうというように狭く統一されているものでないことは、周知のとおりである。この点の解釈がどうあるべきであるかはしばらく別として、法律専門家でない被控訴人が本件の相当大がかりな補修改造工事による変更(それは見た目には現状変更とうつるものである)をもつて本件仮処分命令にいう現状変更にあたるものとして、いわゆる点検執行を執行吏に委任したことをつかまえて、被控訴人に過失があつたとすることは、いささか無理なことといわなければならない。

つぎに、右のような仮処分命令の条項は、債務者が現状を変更した場合に、その建物の使用を禁止し、これを建物から強制的に退去させる権限を執行吏に与えたものであるかという点については、従来、積極および消極の両説が対立し、執行実務上の取扱いも区々にわかれており、本件のいわゆる点検執行が行われた昭和三六年八月当時、その執行の衝にあたつた執行吏の属する東京地方裁判所管内ではおおむね積極説にしたがつて取扱いがされていたことは、当裁判所にも顕著な事実である。一般の人に、右の点については消極説こそ正しいものであると理解して行動せよと求めることは、はなはだ無理なこととしなければならない。そして、控訴人が、本件建物についてした補修改造工事が、単なる保存行為というようなものにとどまらず、本件のような仮処分命令の執行中のものとしては相当に大がかりなものであつたことは、前記のとおりである(控訴人は、右の補修改造工事は保健および火災防止のため所轄の保健所および消防署からの命令によりやむをえずしたものであるから、仮処分命令にいう現状変更にはあたらないと主張するけれども、かりに、保健所や消防署からの命令があつたとしても、控訴人のした補修改造工事はその命令の範囲をこえるものであつたことは、さきに説明したところから明らかであるから、控訴人の主張は採用することができない。)。このような事情のもとにおいて、債権者である被控訴人が、控訴人に仮処分命令に違反する現状変更行為があつたとして執行吏に点検執行を委任し、その結果、同執行吏がこれにもとづいて控訴人主張のような執行をして控訴人に害を加えたからといつて、被控訴人に不法行為の構成要件である故意または過失(違法に控訴人の財産を害することついての故意または過失)があつたといつて責めることは無理なことである(右の点検執行が、その後、控訴人の執行方法に関する異議の申立の結果、違法であると判断されたことは、直ちに被控訴人の不法行為上の責任を肯定する理由となるものでないことは、もちろんである。)。

控訴人は、被控訴人の代理人が、控訴人の本件建物使用を禁止して間もなく控訴人に対して、四〇万円の示談金を出せば執行吏に要求して本件建物使用禁止の措置を中止してやろうと申し出でたという事実から推して、被控訴人は本件建物使用禁止という手段を利用して控訴人をこまらせ、控訴人から不当の金銭上の利益を得ようとしたに外ならない、と主張するけれども、かりに被控訴人が控訴人のいうような示談金に関する申出でをしたことがあつたとしても、そのことから直ちに被控訴人は建物使用禁止という手段を不正に利用して、実は不当な金銭上の利益を得ようとしたとすることはできない。かえつて、真正にできたことに争いのない乙第六および第八号証によると、被控訴人は控訴人を相手取つて本件建物収去による本件土地の明渡しを求める訴訟を提起し、第一、二審とも勝訴している(第一審の判決言渡しは昭和三七年三月、控訴審の判決言渡しは昭和四一年二月である)ことが認められ、この事実からすると、被控訴人は控訴人が建物を収去して本件土地を明け渡すことを切に望んでいることが認められる。そして、この事実からすると、ことの当否は別として、被控訴人は右の土地明渡しを容易ならしめるため控訴人が建物の現状を変更したことを理由として控訴人の建物使用を禁止することを希望していたものと認めることができる。したがつて、この点に関する控訴人の主張は採用することができない。

(新村 市川 中田)

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